レターズアルパック
Letters arpak糸乘さんからの便り
この5月、アルパックOB会を前に大先輩で大恩人の糸乘貞喜さんが亡くなられた。大きな喪失感とともに、さまざまな教えが久遠の便りとして次々と巡ってくる。新入のころよくポンコツの社用車を糸乘さんが運転してくださり、常に煙草をくゆらせつつ経済理論を話されるのが常で、ご本人はマルクス経済学のゼミだったと聞くが、たぶんケインズ理論だったと思う。
この5月、アルパックOB会を前に大先輩で大恩人の糸乘貞喜さんが亡くなられた。大きな喪失感とともに、さまざまな教えが久遠の便りとして次々と巡ってくる。
新入のころよくポンコツの社用車を糸乘さんが運転してくださり、常に煙草をくゆらせつつ経済理論を話されるのが常で、ご本人はマルクス経済学のゼミだったと聞くが、たぶんケインズ理論だったと思う。分かったような分からんような私に何故か優しかった。
しかし、私が入社した頃の大阪事務所土曜ミーティングは超緊張であった。週報を発表すると、糸乘所長から「あのなぁ」「何のため」「だから」「それで」「君はどう考えるのか」と詰問される。「それは本当か」「常識を疑え」「君は何のため仕事をしてるのか」が飛んでくる。「そんな法則で理解してもらえるのか、常識で考え」「君の計画で本当に地権者は大丈夫か、もしその後その人が破綻したら君を探しだして責任を突き詰めるからな」などなど。

糸乘さんの庭の椿
社会の問題に生真面目に取組み、人口問題からは「個族化社会」を予見し、工場跡地計画では委託側の製造業のこれからのあり方として「遊工房」という需要の提案まで突っ込んだ。
よく歎異抄の一節を唱えて「じねん」の理を話され、「計画は必然の洞察」、「する、なる、なるようにする」の理(ことわり)を話され、「仕事の肝は、仕事のイメージを意識の中に組みたてること」だと説かれた。
思えば、糸乘さんの矜持は、国家・敗戦・民主・革命・挫折などという特別の時代と境遇を生き抜いた本心の葛藤からの視座ではないか。そこから「落ちこぼれ」という観点を大事にされた。仏陀が唱えた人と社会の〝心身の観察〟にも似て、拘りのない、真のまちづくりの在り方を問われてきたことと察せられる。決して「既成概念を破る」ではなく結果として導かれたものだったと思う。
こころからご冥福を祈ります。この便りを今後に広く伝えていきたいと思います。ありがとうございました。

水谷頴介氏との交友の地「糸島」での糸乘さん
顧問、都市再生・マネジメントグループ 馬場正哲
247号(2024年9月号)の他記事
バックナンバーをみる
タグで検索