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243号(2024年1月号)まちかど

富士山から巡ってくる水と、風景のお話


富士山と水と聞いて思い浮かぶのは、山梨県にある「富士五湖」でしょうか。富士山からの距離が近く、雄大で迫力がある山容が湖面に映ります。

 富士山と水と聞いて思い浮かぶのは、山梨県にある「富士五湖」でしょうか。富士山からの距離が近く、雄大で迫力がある山容が湖面に映ります。
 また、富士山からの澄んだ水が湧き上がる「忍野八海」があります。水草が揺れ、水車があり、桃源郷のような場所です。
 では、静岡県側ではどうでしょう。三島では、街の中に水路が巡らされ、親水のデザインになっています。足を浸した時の清さと冷たさで、水が富士山からやってきたのだと直感することができます。小さな子から高校生までが、夏の午後に水路や公園で水遊びをしていて、地域のおじさんやおばさんとの会話が生まれています。富士山の水は、市民の暮らしと心を潤しているようです。

河口湖越しに見る冬の富士山

河口湖越しに見る冬の富士山

忍野八海の湧水越しに見る夏の富士山

忍野八海の湧水越しに見る夏の富士山

三島のまちを巡る水(水路)

三島のまちを巡る水(水路)


水がない場所――樹海
 一転して、富士山麓には、水のない場所があります。――樹海です。昨年11月にグループ研修旅行で樹海を訪れました。樹海は千年以上前の富士山の噴火により、流れ出した溶岩に覆われた大地で、東京ドーム750個分の広さがあります。溶岩は多孔質なので、川も湧き水もありません。水もない、土もない場所に生えるのはコケで、樹海は今もコケに覆われています。溶岩の上に薄く堆積した土壌に、細い木々が生えていきますが、土地がやせているためある程度育つと倒木してしまうそうです。
 樹海と普通の森林(つまり溶岩が流れた場所と流れなかった場所)の境目を訪れると、樹海の異様さがはっきりします。樹海のすぐ外側の森には大きな木が立ち、落ち葉が降り積もっていました。すぐ隣にある樹海に顔を向けると、コケ、痩せた木やツタに覆われた緑色の世界で、くっきりと植生が異なります。

根こそぎ倒れた木。すぐ向こうに見えるのが苔むす樹海

根こそぎ倒れた木。すぐ向こうに見えるのが苔むす樹海

富士山に抱かれる街
 研修の締めくくりに、富士宮の富士山本宮浅間大社周辺を訪れました。大社からは富士山が見え、富士山からの水が川となり鳥居の横を流れていきます。ちょうど年に一度の例祭の日で、老若男女で境内周辺がにぎわっています。海に面した富士宮の広い空を、ちょうど夕焼けが染め上げていました。私はその場にいながら、時が止まったかのように感じていました。
 あたりは、夜店に喜ぶ子どもたちの温かいざわめきに満たされていますが、夕暮れの淡いグラデーションの空に魅入られると、ざわめきは波が引くように消えていきました。見渡すと、赤い鳥居、大社と森、ずっと遠くに見える富士山があります。富士山も夕暮れの色になじんでいるものの、それでいて力強い確かな存在感を放っています。境内が、何か美しいものに満たされた、小さな世界として完結してしまったように思えました。時が止まるというよりは、時間の概念に刻まれる以前の世界のような。そのように感じられたのは、世界の中心のような存在感を持つ富士山が、そこにあったからではないかと思います。富士山に抱かれた街での、マジックアワーでした。

赤く染まる富士と富士山本宮浅間大社

赤く染まる富士と富士山本宮浅間大社

ソーシャル・イノベーティブデザイングループ 依藤光代

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