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228号(2021月7月号)特集「東京 TOKYO」

「本郷もかねやすまでは江戸のうち」-拡張するTOKYO


いわゆる東京の範囲はどんなものでしょう。大東京市(35区)時代、昭和18年の東京府の時代があったことは承知していますが、行政界ではなくイメージの「東京」はどこでしょう。

 いわゆる東京の範囲はどんなものでしょう。大東京市(35区)時代、昭和18年の東京府の時代があったことは承知していますが、行政界ではなくイメージの「東京」はどこでしょう。「江戸」の範囲は、1700年代に大岡忠相(越前)は、江戸の防火性能を向上させるため、屋根は瓦葺きに、外壁は塗壁・土蔵造りと定め、今の本郷3丁目にあった「かねやす」の南までを耐火構造に指定したとあります。当時の江戸のサイズは8キロメートル四方程度であったようです(注:正確には東京都古文書館「江戸東京を知る」を参照ください)。
 現代の「東京」の範囲はどうでしょう?東西方向は河川と高尾山が境界になっていて、超えると地域イメージもガラッと変わるので、概ね行政界と一致するように思います。南北方向では埼玉県、神奈川県との境界部分が鉄道の沿線イメージが絡んでくるので、関西人からすると判りにくいところです。この「どこまで東京?」について、500人ぐらいの人に図化してもらったサイトを見つけました。首都圏在住でも一人ひとり範囲が異なっていてその結果は興味ぶかい。私の予想どおり市川市や葛西の水族館、ディズニーランドはやはり千葉でした。さて大阪の範囲はどうでしょう?地形的に大阪平野はせまいので、簡単かもしれません。
図は「どこまで東京?」より転載
https://dailyportalz.jp/b/2011/04/22/a/

取締役副社長 堀口浩司

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