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224号(2020年11月)今、こんな仕事をしています

杉原千畝顕彰施設「センポ・スギハラ・メモリアル」


杉原千畝氏は、名古屋市の古渡尋常小学校(現・名古屋市立平和小学校)と第五中学校(現・愛知県立瑞陵高等学校)で約10年間学び、早稲田大学高等師範部を経てハルピン学院を卒業し、1924年外務省に入省されました。

 杉原千畝氏は、名古屋市の古渡尋常小学校(現・名古屋市立平和小学校)と第五中学校(現・愛知県立瑞陵高等学校)で約10年間学び、早稲田大学高等師範部を経てハルピン学院を卒業し、1924年外務省に入省されました。
 その後、リトアニア国在カウナス日本領事館の領事代理であった1940年にはユダヤ人難民のために日本通過ビザを大量発給することで、約6000人の命を救ったとされています。
 2016年度、当社では瑞陵高等学校を対象地として、杉原氏の人道的な立場を貫いた足跡を広く伝え、後世に引き継いでいくためにふさわしい顕彰施設整備の調査計画を担当しました。杉原氏にまつわる既存の史料等の有効活用を図り、瑞陵高等学校ならではの立地特性を活かすことを重視し、正門の隣に誰でも自由に見学できる屋外型の顕彰施設(475平方メートル)を計画しました。
 2018年10月に竣工した顕彰施設は3つのテーマを基に展示しています。1つ目の「人道的な功績をたたえる象徴的なモニュメントの設置」では、リトアニア・カウナスの領事館でユダヤ人難民にビザを発給する杉原氏の姿を実物大のブロンズ像で再現し、ビザ発給リストに残る2256人全員の氏名を陶板に刻んでいます。2つ目の「外交官としての仕事とその意志を受け継いだ人々」では、ビザ発給を巡る外務省とのやり取りを記録した公電等を展示しています。3つ目の「学生時代に関する資料」は、16歳当時の杉原氏が収まった集合写真や在学当時の作文等を展示しています。
 杉原氏は、第二次世界大戦という激動の時代に、自らの職を賭して、信念を貫き、一人でも多くの人間の命を救うという行動に出ました。このような杉原氏の行動の中に、人間の可能性、人間の力というものを見ることができるのではないでしょうか。

「人道主義による決断」の展示パネル

「人道主義による決断」の展示パネル

間瀬高歩:建築プランニング・デザイングループ

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