レターズアルパック

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219号(2020年1月号)その他

アルパック・スピリッツ「八瀬野外保育センター」


「ご縁のはじまりは京都府保育研究集会からでした」

「ご縁のはじまりは京都府保育研究集会からでした」
 戦後、子どもを持つ未亡人は、働くにも我が子を預ける場所がありませんでした。昭和22年、児童福祉法(厚生省)、同23年、「保育要領」(文部省)など法制が整い、京都では、お寺や教会が保育を引き受け、保育園の数だけは足りるようになりました。京都市は昭和27年に「勧奨交付金」制度を設け民間保育園支援を始めました。しかし、厄介になっているお寺は、築180年も経っていたりしています。グラッときたらたいへん。
 昭和42年、だん王保育園の信ヶ原良文師(保育園長会会長)に京都府保育研究集会での講演の機会を与えていただきました。三輪36歳、東京で河野通祐先生に児童福祉施設を学んでいました。

「トイやユカの修繕では、何処にお金が消えたか分らない」
 講演では、プールして頼母子講方式で集中的にやりましょうと提案したそうです。翌43年3月、103ヶ園の加入で保育事業団設立、藤本真弘初代理事長。共同募金の資金も加え、6月に42年度分5ヶ園に配分。藤本先生、北野保育園の御厨えみこ先生と、自転車振興会、日本船舶振興会や馬主協会などへ助成をお願いに行ったそうです。10年も経つと、京都の保育園は一新しました。

「八瀬野外保育センターは、保育園の思いを受け誕生した」
 もう一つの願いは、個別園にはない宿泊保育の場と、照明・音響設備の整ったホールでした。八瀬野外保育センターは、昭和45年|万博の年、「幼児に土と緑を」をスローガンにできました。比叡山へ上がるケーブルカーの左手に拡がるセンターは、京都市が土地を買い、無償で保育園連盟に貸し、連盟の園長・保育士がボランティアで運営しています。

「どんな園をつくりたいか、保育士とともに保育を体験した」
 ここには、藤本真弘先生、嶋本弘英先生はじめ、保育園長達の思いがこもっています。アルパックの社員は、入れ替わり立ち代わり、暗渠を掘り、タンポポを植え、池を掘り、そして施設づくりに働いてきました。昭和47年、尾関は「からまつの家」を設計しました。求められた大きい遊戯場と宿泊にも使えるスペースという条件を守りながら、舞台のあるホールとして設計。椅子のない客席です。子どもが縦に寝るのにちょうどよい幅で、ゆるやかな段になっています。舞台は、本当は段差がない客席とつながったものにしたかったそうですが、段の上に上がることで子供の気分が変わるという情操教育的な観点と安全への配慮から、30センチメートル程度の低い舞台になっています。
 保育園の設計にあたって、一日入園し保育士と一緒に、保育体験をしたそうです。クタクタになって帰ってきて、「何で疲れた?」、「オトや子どもの高い声や」。測ってみたら60ホン。なら、吸音や。天井で吸音しようや。夜間保育で大勢の子どもをお風呂に入れるのも大変。保育士がのぼせないよう小窓をといった具合でした。
 建築プランニング・デザイングループの山崎は、「からまつの家」のリニューアルのお手伝いをしましたが、ホールの良さを残しながら新しいからまつを創造する、というお題をいただき、先輩たちの設計してきた施設の改築に苦労したそうです。OBの松井俊はアルパックに入社してから、河野通祐先生に師事しました。つまり三輪の弟弟子ですが、保育士と結婚し、大津で理事長として保育園2ケ園を経営しています。

「センターの継続の背景にはハートウェアー、すなわち奉仕の精神があります」
 隨林寺保育園園長でセンター運営委員長の戸津川聖信先生によると、センターの同時滞留定員は、3ヵ園150名程度。現在ほとんど定員いっぱいでお泊まり保育をされているそうです。来園者の増加で園同士が鉢合わせしない工夫や、家庭の設備近代化に対処して、洋便器への移行、子どもの安全のためのカメラ設置など、便利になりすぎないようにと悩みながら行っているそうです。
 センターは今年で50年目を迎えます。何故、長く継続できるのでしょうか。これは、仏教・キリスト教系の園が多いことと関係があるそうです。アルパックは施設づくりでハードウェアーを受け持つが、保育士には保育活動を動かす「指針」ソフトウェアー。それだけでない。ハートウェアー、すなわち「こころ」がある。これがあってはじめて施設はぐるぐる回る。センター創設以来、連盟顧問として児童心理学者の嶋津先生、植物学者の伊佐先生、そして三輪がボランティアで運営にいってきたそうです。「ボランティアには無償の奉仕と先端を拓くという意味がある」そして何故、保育に熱中するのか?「そら、誰でもみな子どもやったやないか。誰でも自分が住む地域のために奉仕するのと同じや」という三輪の言葉が非常に印象的でした。

かつらの家

かつらの家

八瀬野外保育センター入り口

八瀬野外保育センター入り口

からまつの家内部

からまつの家内部

集合写真

集合写真

お風呂外観

お風呂外観

 今回の視察では、アルパックが保育園や幼稚園の建築に多く携わってきた経緯、そして、時とともに変化するセンター利用者の要望に寄り添い生まれた様々な建築上の工夫を知りました。時代とともに建物に求められる機能は変わることがあります。その変化に継続的に対応していくことは、これまでもこれからも変わらず重要です。私たちの仕事は短い年月で区切りが来ることが多いですが、同じ場所に長く関わり観察を続けること、その場所にかかわる人の声を聞き続けることの大切さを改めて感じました。
 なお、今回の視察では、センターの紹介やPRのために行われる保育士向け恒例行事で、今年で36回目を迎える「落ち葉まつり」にお邪魔しました。センターの近況などをお話しいただいた戸津川先生、落ち葉まつりスタッフの方々、大変お世話になりありがとうございました。

[arpakと八瀬野外保育センター]
 創設時より京都市内の多くの幼児施設設計に関わってきました。その関係から(社)京都市保育園連盟とのお付き合いも深く、「幼児に土と緑を」を合言葉に、「八瀬野外保育センター」設立当初から施設整備や維持管理のお手伝いをしてきました。

※アルパック歴の浅い職員が、アルパックのエポックとなったプロジェクトの現場を創始者の三輪泰司と共に訪れてアルパック・スピリッツに触れ、その一端を三輪自身の言葉とともにみなさんにご紹介します。

地域産業イノベーショングループ 遠藤真森

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