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212号(2018年11月号)特集アート

「糸島国際芸術祭2018糸島芸農~マレビトの通り道」鑑賞記


山の麓にある神社の本殿で演奏された「イなりかぶら」は変な音楽だ。音楽家の河合拓始と地域の女性や子どもら6名が、「よ~っ」とか「え~っ」とか、鼓を打つ囃子方のような声を出し、山や神社、人々の中にいる ”小さな神々“ を呼び起こし、小枝や手拍子で奏でるリズムのもとに集める。風のざわめきや遠くに走りゆく車の音が混じるのも楽しい。

 山の麓にある神社の本殿で演奏された「イなりかぶら」は変な音楽だ。音楽家の河合拓始と地域の女性や子どもら6名が、「よ~っ」とか「え~っ」とか、鼓を打つ囃子方のような声を出し、山や神社、人々の中にいる  ”小さな神々“   を呼び起こし、小枝や手拍子で奏でるリズムのもとに集める。風のざわめきや遠くに走りゆく車の音が混じるのも楽しい。
 同じ本殿の天井や、炊事場やトイレ(芸術祭を記念して奉納されたそうだ)横の板間には、陳佳慧によるパンの彫刻や、廣末勝己による抽象画、遠藤文裕によるドローイング絵巻、そして、この芸術祭の代表である松崎宏史が率いるStudio Kuraの手作りハンコをつかった参加型タブローが展示されている。境内には、子どもたちの作品、地元の食材をつかったフードマルシェ、裏山にもインスタレーション作品がある。
 2018年10月後半の週末4日間、福岡県糸島市二丈松末地区と深江地区のアートスタジオや神社、民家等で、国内外の24名と3組のアーティストらが参加し、展示やパフォーマンス、トークや作品上映、マルシェがある「糸島国際芸術祭2018」が開催された。福岡市内から電車で約45分、入場料千円。鑑賞者は集落や田んぼの中を散策しながら展示会場を移動する。

Studio Kura外観

 

 代表者の松崎氏に「芸術祭」の成り立ちを聞いてみた。「芸術祭」は2012年から2年に1度開催し今年で4回目。そもそもの発端は、美術を学んでいた松崎氏が交換留学生としてベルリンに滞在したことだという。留学期間後もヨーロッパのアーティストインレジデンスなどを渡り歩きながら世界のアーティストと交流を深めた。知り合ったアーティストから日本のアーティストインレジデンスに行きたいと乞われ、糸島にある実家の米蔵をアートスタジオに改装し、彼らを受け入れ始めた。それがStudio Kuraの始まりである。近隣の空き家もスタジオに改装し、現在は第3レジデンスまであり、年間約80名ものアーティストを海外から受け入れている。
 その活動の中から、アーツファームを構想した。日本語に直訳すれば「芸農」だ。農業のように、アートを育てて収穫し、それによって土壌が循環するイメージ。賛同するアーティストらが「糸島芸農」の仲間であり、「芸術祭」を運営する。地元福岡やStudio Kura滞在アーティストに加えて、3・11を機に東京から糸島に移住した人や、九州大学でアートマネジメントに関わる人も加わる。芸術祭運営スキルに事欠かない体制に思えるが、かっちりとは運営していない。今年は、事務作業が追い付かないのではないかと思い助成金も取らなかったという。運営資金の一部は関係者が持ち込んだアート系お宝のオークションで補てんを試みた。受付などは「いっきさん」と名付けられたボランティアチームにお願いした。作品の搬出入はアーティスト本人が、ウェブサイトなどの広報は賛同者ができる範囲で行う。観光目的の大量集客はないが、東京や関西、沖縄からもアート関係者が視察に来て、居心地よく過ごしている。
 民家の倉庫にインスタレーション作品を発表している渭東節江は大阪出身。東京在住の8年間を経て、現在は福岡市内に暮らす。前回の2016年から参加した。ここでの展示は、作品販売もなく、謝礼もなく、有名キュレーターへのプレゼンテーションがあるわけでもない。では、アーティストとして何が目的でこの「芸術祭」で作品発表をしているのか。渭東は「見てもらうこと」が何よりのモチベーションなのだという。さらに「壮大な目標だけど」と前置きしつつ「この作品を見た人が、見た人なりの、自分の考えを持つ過程を経験して欲しい。世の中が複雑になり、よくわからないことが少なくない。選挙で誰に入れるべきか、迷うこともある。アートは自分なりの考えを持つ練習になると思う。作品について説明するが、それをそのまま理解して欲しいのではなく、私の説明をきっかけに、あるいは見た印象のままに、その人自身の考えを持ってほしい。自分なりの考えを持つ過程が、世の中のわからないことをも考えるための練習になればいい」。

渭東節江《塩を編む》展示風景

 渭東の言葉を借りるならば、アートは人々から  ”考え “   を引き出すものである。あの変な音楽は、人々から  ”小さな神 “   を呼び出していた。アートは人々から何かを引き出したり、呼び出したりするもののようだ。そんなアートな、現代美術や音楽(もしかしたらマルシェも!)が、育まれ、収穫されることが繰り返される土壌、それが糸島国際芸術祭なのだろう。次回は2020年、また行ってみるつもりだ。
参考:糸島国際芸術祭ホームページ → 糸島国際芸術祭ホームページ

アートマネジメント研究 大阪アーツカウンシル統括責任者/中西美穂

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