アルパックニュースレター188号

都市コン40周年記念事業~いま!都市計画コンサルタントの役割を考える

執筆者;代表取締役会長 杉原五郎

 10月8日、東京・千代田区のルポール麹町で、都市計画コンサルタント協会40周年記念事業(主催:一般社団法人都市計画コンサルタント協会)が行われ、第1部:記念講演会、第2部:記念交流会は、160名余の出席で盛会でした。私は、同協会の理事として、また、アルパック(株)地域計画建築研究所を代表して出席しました。

都市計画の歴史と都市計画コンサルタントの役割

 第1部の記念講演会は、最初に、岸井隆幸先生(日本大学理工学部教授、前都市計画学会会長)が「都市計画の変遷と都市計画コンサルタントの役割」と題して記念講演をされました。
 講演では、1888年(明治22年)の東京市区改正条例と1919年(大正8年)の旧都市計画法に始まる日本の都市計画を歴史的に概観し、その中で、中心的な担い手となったキーパーソンを、官(行政)、産(民間)、学(大学)についてそれぞれ紹介されました。官では後藤新平や池田宏、産では小林一三や佐野利器、学では石川栄耀や山田正男など著名な人物の名前がでました。この中で、アルパックと係わりの深い西山夘三先生(京都大学名誉教授)も紹介されました。
 戦前から戦後にかけて、都市計画と建築設計の事務所、土木の建設コンサルタント会社が年表で整理され解説されました。パシフィックコンサルタンツ(株)、(株)建設技術研究所、復建(中央復建コンサルタンツ (株)などの前身)、日本工営(株)など戦前に創設された会社から、1970年前後の高度経済成長期に創業した都市計画コンサルタントまで幾つかの会社が紹介されました。地域計画建築研究所(アルパック)も市浦ハウジング&プランニングなどともに紹介され、日本の都市計画においてアルパックがどのような歴史的、社会的な位置(ポジション)を占めているか、改めて確認することができました。

都市計画コンサルタントの職能をめぐるパネル討論

 記念講演に続いて、パネルディスカッションが行われました。最初のパネラーである久野譜也先生(筑波大学体育学専攻)は、地下鉄網が発達している東京圏とクルマ中心の名古屋圏と比較すると、歩くことを余儀なくされている東京圏は名古屋圏と比較して糖尿病の疾病率が低いという結果を示し、国民の健康づくりを重視したまちづくりの重要性を指摘されました。
 2番目の小林光先生(慶応義塾大学、元環境省事務次官)は、環境行政と都市計画との関連を踏まえ、顧客である市民の立場に立って、都市計画の目的をより明確にすべきと問題提起されました。
 3番目の高見公雄先生(法政大学、前日本都市総合研究所社長)は、これまでは都市をどのようにつくるか、開発するかという視点からの都市計画であったが、これからはできあがった都市をどのようにしていくのかが大切になっているとの認識を示めされました。
 4番目の平野勝也先生(東北大学災害科学国際研究所)は、復興まちづくりの経験を踏まえて、現状は都市計画の制度や手法など手続き面に精通しそれに終始している「司法書士的都市計画コンサルタント」が多いのではないか、いま求められているのは、まちの歴史やなりわいを理解し、専門的立場からまちの問題を解決する処方箋をだすことのできるコンサルタントではないかとの問題提起をされました。
 最後に、都市計画コンルタント協会の松原吾朗副会長は、3.11東日本大震災の復興まちづくりに都市計画コンサルタントの会員企業がどのように係わってきたのかについて紹介したのち、2013年にまとめた協会ビジョンに基づいて関連分野からの要請も踏まえて都市計画を担っていきたいとの決意を述べられました。
 コーディネータの岸井先生のコメントを含め、都市計画コンサルタントの職能と日本の都市計画のこれからをめぐって深い議論が展開されました。ちなみに、今回の都市計画コンサルタント協会40周年事業をとりまとめた記念誌は、2014年の年末に刊行されるとのことです。

多士済々の交流会

 記念交流会は、国土交通省都市局小関正彦局長の挨拶ではじまりました。交流会には、国土交通省から都市局長、技術審議官、関係課長、専門官、関係団体として区画整理協会、再開発コーディネータ協会、全国市街地再開発協会、都市再生機構の来賓、都市計画コンサルタント協会の会員企業や大学の関係者など、日本の都市計画界を代表する重鎮の方々を含め多数の出席者で活気のある交流会になりました。会場のあちこちでは、多彩な話題が行き交いました。
 私も、国土交通省の課長や専門官にご挨拶し、都市計画コンサルタントの職能や役割について意見を交換しました。出席者の中で数少ない女性コンサルタント(幹部社員)の一人と女性技術者にとって働きやすい職場環境にしていくにはどうしたらよいかについて率直なやりとりをしました。
 いろいろと収穫の多い都市コン40周年記念事業でした。